生月学講座:宗教における受容体の問題
- 2026/06/29 16:55
- カテゴリー:生月学講座
生月学講座:宗教における受容体の問題
もう4年前(令和4年4月10日)の事になりますが、長崎で開催された「バチカンに眠る日本の記憶」というシンポジウムに参加させて貰いました。このシンポでは主に、バチカンが所蔵する日本関係資料を活用して様々な分野で研究を進められている方々が成果を報告されましたが、私の方は「平戸地方のキリシタン信仰」というタイトルで、かくれキリシタンの信仰要素から復元したキリシタン信仰の様相について報告させていただきました。
シンポの最後にコーディネーターの川村信三先生(上智大学)が、「バチカンの資料を活用した研究の可能性について」というテーマで各報告者にコメントを求められましたが、その時私は、宗教を(不遜で恐縮ですが)ウイルスに例え、核にあたる「聖なる存在」や「教義」も重要だが、風土や生活、生産様式が異なる各地の人々に対応するためには、外側にある受容体にあたる部分がどのようにその地域の人々にフィットするのかが重要で、カトリックはその受容体部分の対応が優れていたので、南米、フィリピン、インド、日本など世界的な展開が出来たと考えられ、受容体部分の機能の解明にもバチカン資料の研究が役立つのではないかという事を話しました。答えるまでに時間が無かったので、とっさに思いついた事を話したのですが、十分に意図を伝える事ができなかったかも知れないと思っていたので、遅ればせですがこの場を借りて補足をさせていただきます。
受容体は、生物の体にある、外界や体内からの様々な刺激を受け取り、情報として利用できるように変換する仕組みを持った構造のことだとされます。私がイメージしていたのは極小サイズのウイルスのスパイク部分ですが、このあり方を宗教のあり方に援用すると、核にあたる「聖なる存在」や「教義」に対し、外郭の受容体にあたるのは「儀礼」や「祈り」など一般信者がおもに関わる部分になります。シンポの私の報告でも触れたのですが、キリシタン信仰では、日本人が受け入れやすいように、洗礼文句を日本語にしたり、死後儀礼を充実させたり、稲作に関する行事や信仰要素を設けたりしていましたが、それらが受容体のあり方にあたります。生月島でキリシタン信仰の要素が禁教後も長く維持された理由には様々な事が考えられますが、一つには、キリシタン信仰の時代と基本的には変わらない農業や生活が30年程前まで行われてきたので、キリシタン信仰当時に形作られた信仰内容が有効に機能してきた事が考えられます。しかしその後の仕事や生活が大きく変化した状況の中では、禁教時代以来のかくれキリシタンは受容体の部分にあたる信仰内容を時代の変化に適応させる役割を担う専業宗教者の存在を欠いていたため、信仰内容をうまく変化させられなかった事が、近年の衰退の原因として考えられます。
シンポの報告で紹介されたバチカンの資料の中にも、受容体部分の問題として捉えられそうなものがありました。川村先生が紹介された、禁教初期の信者がローマの教皇に送った奉答書には、最上級の雁皮紙や金泥が使われていました。こうした書類の仕立は日本国内でも重要な書類に施されたものでしたが、それは日本人信者の心性において贈り先への最上の敬意を示すものでした。受け取るバチカン側にとっても、それは世界各地の様々な文化をカトリックの宗教的権威に包括できた事を象徴する装置となり、ヨーロッパ内におけるカトリック勢力の権威付けに繋がるものだったと思います。
(2026年7月 中園成生)









