長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

人生儀礼

かくれキリシタンの人生儀礼

 信徒の家では安産の祈願を御前様に立て、子供が産まれると男児は31日、女児は33日目に津元の御前様にヒバレ(忌晴れ)参りを行った。また昔は、信徒の家に生まれた子供は、お授けの行事を行って初めて信徒となることができた。壱部集落では、数えの15歳になると、小組のおしかえ行事の際に自分の為に札を引いて貰えるようになるので、その年の上がり様のおしかえの時に酒肴を持参し、オラショを唱えて貰った。
 婚姻も、昔はかくれキリシタンの信徒の所から相手を貰うのが普通で、島内の他、平戸の「下」と呼ばれる春日、獅子、根獅子などからの嫁入りも多かったが、この地域からは鰯の製造などの仕事を求めて若者がたくさん来ていた。かくれ信徒以外から嫁入り(婿入り)する場合、お授けを受ける場合が多かった。
 男性は早ければ青年期に、オラショを習うため、師匠を立てて弟子入りした。オラショを修得すると、家の先祖様に対するお務めも、わざわざ人を雇わず自分で出来るので良かった。家の戸主になると津元の行事にも参加するようになり、女性も小組の行事に参加する機会もでてくる。行事の賄い方はかつては男の役中が行っていたが、のちには女性が行うようになり、そのなかで賄いの作法や料理を学んだ。
 元触集落では、30を過ぎた戸主は親父役、御爺役を持つくじを引き、数年後に役を持つこととなるが、役職を経験する事によって一人前と認められる面があるという。集落の会合の時にも高湯飲でお茶が出され、正座して挨拶する時も畳に手を付かないようになる。
 男の厄入りである数えの41歳の正月には、御前様に厄祓いの願を立て、翌42歳の正月に願成就のお詣りをする。壱部集落では連れ詣りといい、ゴショウ人(オラショを唱える人)と共に六ヶ所の津元の御前様をめぐる事もあった。
 病気になった者は、平癒のために御前様やお迎え様(中江ノ島)に願立てをする。たとえば壱部集落では、供物を用意し、ゴショウ人を雇ってオラショを上げてもらい、無事快癒すれば同じ供物を供えると神に契約する。快癒後に願成就として同様の行事を行う。不慮の事故や原因不明の病気になった場合は、取り憑いたカゼ(邪悪な霊)が原因と考えられ、それを除くためお水とオテンペンシャ、煎り大豆で病人の身体を祓う「風離し」という行事を行う。これが終わるまではたとえ死んでも、生きているものと見なされる。
 死亡後は「戻し」という葬式をするが、堺目、元触、山田集落では親父役、壱部集落では御爺役の役目である。特別なオラショを唱え、魂を天のパライソに送る。納棺の時、死者に魔除けのオマブリを持たせるが、男なら右の耳と左衿の中に、女なら左の耳と右衿の中に入れる。へこ親の葬列で、男のへこ子は天蓋持ち、女のへこ子は灯籠持ちをする。
 土葬の頃は、死者の顔を中江ノ島の方に向けて葬り、墓の上に建てるオイヤと呼ばれる屋形や3年忌頃に立てる石塔も中江ノ島に向けた。その後も命日や年忌供養、御弔いがあり、49年のテオサメまで法事が行われる。壱部集落では、昔は僧侶には寺で法事のお経を上げて貰い、家ではゴショウ人を雇ってオラショを唱えて貰って法事を行ったという。

 

2019/12/17




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