長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座 No.118「オラショの継承」

 5月23日の東京新聞朝刊に、指揮者の西本智実さんが11月に開催されるヴァチカン音楽祭で「オラショ」を披露するという記事が載りました。この記事を見られた方から、「生月島の信者がヴァチカンに行くのか」というお訊ねが結構あったのですが、関係者に確認した現時点の内容としては、生月島に母方のルーツを持つ西本さんが、オラショを取り込んだ合唱曲をヴァチカンで披露するという事でした。いずれにせよ、450年前に1万キロ以上の距離を越えて西から東に伝わったものが、同じ形のまま、東から西に里帰りするということには、大きな意義があると思います。

 筆者はこれまでの調査と研究で、かくれキリシタン信仰は、キリシタン信仰が禁教時代に大きく変容して成立したものではなく、キリシタン信仰の要素をそのまま継承している部分が大きいと結論付けましたが、そこに至る過程で、オラショのあり方はとても重要な根拠となりました。というのも、こんにちのかくれキリシタン信仰の祈り(オラショ)と、キリシタン時代の祈り(オラショ)は、地域や個々の祈りによっては欠落や転化が多い場合もありますが、祈りの文句をそのまま伝えているものも多かったからです。クレド(使徒信教)という祈りを例に取ると、慶長5年(1600)に刊行された『おらしょの翻訳』と、昭和27年(1952)に生月島のかくれキリシタン信者が出した『舊キリスタン御言葉集』に掲載された文句は、下記に掲げたようにほとんど同じです。

○『おらしょの翻訳』「萬事かなひ玉ひ天地をつくり玉ふ御おやでうすと。その御ひとり子我等が御あるじぜずきりしとを 真にしんじ奉る。・・」

○『舊キリスタン御言葉集』「万事に叶い給う天地を造り給いておの親でーうすの其の御一人子我等が恩なるぜずキリスタ 眞な信じ奉る。・・」

これに対して、現代のカトリック信者が用いる「使徒信経」の文句はかなり違っていて、昭和23年(1948)の『公教会祈祷書』では、次のようになっています。

○「われは、天地の創造主、全能の父なる天主を信じ、またその御独り子、われらの主イエズス・キリスト。」

 もちろん、祈りの意味は同じなのですが、文句は大きく異なっています。その理由は、カトリック教団においては、より祈りの意味が信者に伝わるように、祈りの文句をたびたび変更してきたからです。

 教義に通じ、信仰内容を変え得る人(聖職者)が居る事によって、はじめて信仰内容を変える事が可能となります。反対にそうした人が居ないと、どこをどう変えていいのか分からないので、結局、従来の形をそのまま継承するしかありません。また、オラショが神様に供える聖なる文句だという事で、故意の変化を規制してきた事も考えられます。

 かくれキリシタン信仰はキリスト教では無くなったので、大きく変容してしまったのだという人もいます。確かに、他の宗教や信仰との併存形態を取るかくれキリシタン信仰は、キリスト教だと言えないかも知れません。しかしそのような形態を取りながら、過去の信仰形態の維持に専心してきたからこそ、450年前の祈りがそのままの形で残ったという事も、事実なのです。

2013.5

 




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