長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座 No.122「生月方言研究史」

 昨年から島の館(公社)のスタッフに加わった壱部出身の山下伸子さんは、まだまだ若いのに、希代の生月弁使い(?)として、日々その実力を発揮しています。私の席の背中越しに、井戸端会議をしている彼女の話を聞いていると、これまで聞いた事のない言葉がよく出てくるので、取りあえず事務の手を止めてそこら辺にあるメモ紙に言葉と意味をなぐり書きし、仕事が一段落した所で「生月方言」のファイルの中に打ち込んでいます。最近は多くの言葉を教えてくれる彼女に敬意を表し、言葉の欄の最後に(伸)印を付けています。最近では彼女の活躍(?)もあって登録方言も1500近くになりました。

 「生月方言」ファイルのデータソースの一つは、大正7年(1918)に刊行された『生月村郷土誌』の第三章「風俗習慣」、第五節「言語附方言訛言」の方言一覧表です。このような郷土誌はこの時期全国各地で、教職員によって編纂されていますが、地域によっては残っていない所もあり、また携わられた先生方の熱意の有り無しや、文献・資料の残り具合などによるのか、クオリティーにも差があります。生月については、生月尋常高等小学校と山田尋常小学校の先生方が当たられていますが、幸いにも充実した内容となっています。「生月方言」ファイルの原型は、私が生月島に来て(1993)間もない頃、『郷土誌』のデータを打ち込んでベースを作ったものですが、その後、婦人会が方言調べに取り組んだ際にデータベースとして活用していただき、集まったデータを追加しました。平成8年(1996)刊行の『生月町史』の方言の項は、このデータをそのまま掲載したものですが、本来、町史編纂事業はこうした成果をさらに掘り下げる絶好の機会だったにも拘わらず、そのような展開にならなかった事は残念でなりません。その一つとして、次に紹介する『生月の方言のささやかな研究』の成果を反映出来なかった事があります。

 『生月の方言のささやかな研究』は、昭和52年(1977)に杉澤伸慈先生が顧問を務める生月中学校方言クラブが制作した小冊子です。農業語彙、漁業語彙、人称、副詞、形容詞、あいさつ表現などカテゴリー別に分類と特徴把握を試み、また音変化や接頭語などの特徴についても考察されていて、単なる収集活動に止まらず、方言研究の域に達した立派な成果でした。お恥ずかしい事に、私がこの冊子の存在を知ったのもほんの数年前の事で、地方においては、過去に行われた素晴らしい業績が、しばしばこのように埋もれてしまう事を、とても残念に思ったものでした。

 最後に、最近の方言に纏わる発見を一つ。伸代さんはよく、頭が混乱している時に「ノーテンファイラー」という言葉を使っていました。この言葉は、頭の中が爆発している、いかれている、馬鹿者などの意味で使われるようで、例えば親が馬鹿な事をしでかした子供を「こん、ノーテンファイラーが」と怒ったりしていたそうです。ところがこの言葉は生月以外でも広く使われていて、その起源は、中国語の「脳天壊了」である事が分かりました。近代になって戦争などで大陸に渡った人達が持ち帰った言葉なのでしょうが、今ではすっかり生月言葉として定着しています。

2013.9

 




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