長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座No.180「サンジュワン信仰の証拠」

生月学講座 サンジュワン信仰の証拠

 6月30日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の世界遺産への登録が漸く決まりました。平戸市内では中江ノ島と春日・安満岳の二つが構成資産となっていますが、そのうち中江ノ島については殉教伝説の伝承を伴う聖地で、山田に伝わる唄オラショ「サンジュワン様の唄」の存在や、聖水を採取する「お水取り」行事がおこなわれてきた場所として、生月島のかくれキリシタン信仰においての象徴的な場所だと言えます。
 中江ノ島で実際に起きた殉教や、同島でおこなわれる「お水取り」行事、聖水信仰については既に生月学講座で紹介しましたが、そのなかで、中江ノ島が聖地となった理由についても、元和・寛永年間に起きた殉教だけではなく、既にキリシタン時代の信仰の中で、キリストに洗礼をおこなった洗礼者ヨハネ(サンジュワン)に因んだ聖地としてキリシタン信者の信仰を集めた可能性がある事を紹介していました。当時、生月島で洗礼者ヨハネ(サンジュワン)信仰が盛んだった事については、聖水瓶が「サンジュワン様」と呼ばれて御神体とされている事以外に、この聖人を描いたと思われるお掛け絵が、壱部集落岳ノ下津元に祀られている事からも裏付けられます。
 岳ノ下のお掛け絵は、構図が同じで着物の地色が異なる男性像のお掛け絵一対からなります。斜め横に顔を向けて立つ男性は、髷を結い、花模様の鮮やかな青(黄)地の着物を着て、右手に杖を持っています。足元には雲と日月が描かれ、背景には花咲く木と水色の蛇行する線が描かれ、頭上の雲には十字架が乗っています。洗礼者ヨハネの図とする根拠は、第一に、両足を開いて立ち、体を画面左側に向け、右手を差し伸べた男性の姿勢が、洗礼を授ける際のヨハネのポーズに似ている点があります。この場合、右手に握られた杖状のものは、杖とするには短かい事から、落ちる水の描写が変化したものだと考えられます。第二に洗礼の場面を描いた洗礼者ヨハネの聖画には、ヨルダン川のほとりに樹木が描かれている事例が多くありますが、本図では背景に描かれた花咲く木がそれに該当し、蛇行した水色の線がヨルダン川を表すと考えられます。第三に岳ノ下の伝承では、木や着物の柄として描かれた花は椿であり、ぽとりと花が落ちることから、首を斬られた殉教者を表すとされている事です。この伝承は、サロメの求めに応じたヘロデ王によって斬首された洗礼者ヨハネの最期と一致します。なお岳ノ下津元に属するO家にも津元のお掛け絵の「隠居」とされる絵が祀られていて、構図もほぼ同じですが、着物の帯をぞんざいに結ぶ特徴があり、これも毛皮の衣に縄帯を締めた洗礼者ヨハネの衣装の特徴と一致します。
 実は最近、壱部浦のI家でこれまで未確認のお掛け絵が確認されたのですが、これも別の構図の洗礼者ヨハネの図だと考えられます。この図では男性がお水瓶を持って座り、座った女性が合掌して男性を拝んでいます。着物の帯(紐)は蝶結びで前で結ばれていて、男性がお水瓶(サンジュワン様)を持つ事や、男性の着物には花が描かれていて岳ノ下のお掛け絵と共通する事から、洗礼者ヨハネの図だと判断しました。なお絵の背景に描かれた岩壁は、中江ノ島の採水場所の風景を描いたと思われ、もしそうならば、洗礼者ヨハネ-聖水-中江ノ島の関係性を同一図中で紹介した大変貴重な資料だと言えます。

(2018.7)

 




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