長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座No.203「皆川達夫先生と生月島の唄オラショ」

生月学講座 皆川達夫先生と生月島の唄オラショ

 令和2年4月19日、西洋音楽史家で立教大学名誉教授の皆川達夫先生がお亡くなりになりました(享年92歳)。先生は、日本では従来バッハ以降のものだとされていた西洋音楽が、それ以前の中世・ルネサンス期から豊かな展開があった事を研究で知らしめました。そして西洋音楽がどのように日本に導入されたのかという点にも関心を持たれますが、その分野での先生の代表的な業績が、生月島に伝わる唄オラショ「ぐるりよーざ」の原曲の発見でした。
 皆川先生の著書『オラショ紀行』によると、1950年代にNHKが制作したレコードで初めてオラショの存在を知り、1975年以降生月島を訪れるようになったとされています。当時先生は長崎市で合唱団「フィルハルモニア」の指導をされていましたが、団員だった一ノ瀬義昭さん(当時長崎県庁職員)から生月島行きを勧められ、当地で初めてオラショを聴きます。最初に聴いた後先生は首をひねっておられたそうです。しかしその後、各集落でオラショを録音し、研究を進めていかれます。
 皆川先生は、キリシタン時代の資料と比較して、オラショの起源となる祈りや聖歌を確認していかれましたが、唄オラショ「ぐるりよーざ」については、歌詞からイベリア半島で歌われたマリア賛歌だと見当を付けられたものの、原曲の楽譜の発見までには至りませんでした。その後、先生はローマのバチカン図書館をはじめヨーロッパ各地を回って楽譜や資料を確認して回り、7年目(1988年)に訪れたスペインのマドリッド図書館で、1553年にグラナダで刊行された楽譜に掲載された聖歌「O gloriosa Domina」が、探し求めていたものであることを確認されたのです(『キリシタン音楽入門』、竹井成美さん(宮崎大学名誉教授)の御教示による)。この聖歌は17世紀以降、統一した聖歌が普及したためイベリア半島では歌われなくなります。しかしそれ以前に伝わった日本の生月島では、皮肉にも海禁(鎖国)と禁教になった事で、そのままの形で歌い継がれる事になったのです。
  こうした音楽史における皆川先生の御研究で、生月島のオラショはキリシタン信仰当時のオラショを忠実に継承している事が明らかになりましたが、その後の、島の館などによる調査で同様の傾向は組織や行事、信仰具などかくれ信仰全般でも確認できる事が明らかになってきました。これによって、かくれ信仰の従来の認識だった禁教期変容論は見直される事になりますが、この成果の基点は、まさに皆川先生のオラショ研究にあったのです。
 一方で皆川先生は、オラショの魅力を多くの人に知って貰うために、本やレコードを刊行された他、昭和52年(1977)に国立劇場小劇場で開催した「第四回日本音楽の流れ?明清楽とおらしょ」の中で、壱部と山田の信者によるオラショの公演を実現しています。生月島でも平成8年(1996)に開催した島の館の開館一周年式典で、壱部のオラショの披露を行った際に、皆川先生に解説をしていただきました。
 今年(令和2年)3月、壱部のかくれキリシタンの聖地・御屋敷様で崩壊の危険があるお堂を撤去し、四阿などの公園施設が整備されましたが、その中で御屋敷様の紹介とオラショの解説を記した説明板が設置されました。解説では「ぐるりよーざ」と原曲を皆川先生による発見と併せて紹介させていただいた事が、地元としてほんのささやかですが、先生への手向けになったのではと思っています。(2020.6)




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