長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座No.234「祭祀権の視点で見た民俗芸能」

生月学講座:祭祀権の視点で見た民俗芸能

 

  数年前館報で、平戸地域で行われるジャンガラや須古踊りなどの盆の民俗芸能行事について纏めた時、これらの行事が信仰的に属するカテゴリーについて考えた事がありました。何故ならこれらの行事は神道や仏教など特定の宗教・信仰が主催する行事として行われている訳では無いからで、例えば、念仏踊りや田楽の要素が集合した風流踊りの一形態の行事として江戸時代初頭には行われていた事が確認できるジャンガラは、特に念仏に関係する仏教宗派の行事として行われている訳ではなく、住民が習得した芸能を地域の内外の寺や神社、祠堂の神仏への奉納や、家々の先祖への供養や家の祓いなど様々な目的で行っています。近年はカトリック教会でも行っていますが、それが可能なのも、これらの民俗芸能が特定の宗教・信仰の行事として行われている訳では無いからです。

 こうした行事について考える時、祭祀を行う権限-祭祀権-という側面から捉えると分かりやすいように思います。祭祀とは、カミに供物(物)や芸能、祈り(行為)を贈与し、願いを伝えてその実現を求める行いです。祭祀を司る祭祀者が特定の宗教・信仰に属する専業宗教者である場合、宗教が呈示する物語や教義に拠りつつ、宗教が提示する儀礼に則って祭祀を行います(祭祀権の独占)。なお専業宗教者とともに信者も祭祀に関与する場合(祭祀権の広範化)もあり、例えば浄土真宗では念仏を唱える信者による組織(講)が行事を行う場合があります。また祭祀でカミに奉納する目的で行われる音曲、舞踊などの芸能も、当初はそれを専ら行う専業宗教者が担っていましたが、後には専業宗教者の指導のもと信者が参加する形で行われるようになり、近世初頭になると専業宗教者の手を離れて一般人のみによって行われる形も登場し、専業宗教者は神事、一般信者は芸能と役割を分担するようになりますが、これも祭祀権広範化の現象として捉えられます(後述する長崎くんちの本来の形態もこの形態です)。その流れには政権が専業宗教者の掌握のため宗派化を図る中で、専業宗教者の役割に制限を加えた状況も影響しています。

 この動きを住民側から見ると、中世後期になると効率化した生産や発達した商業、流通に関係する事で経済的に向上して政治的にも実力を付けてきた住民が、祭祀権の広範化の先で、教団や専業宗教者が独占してきた祭祀権を住民側が持って祭祀を行うようになります(民衆祭祀権の確立)。畿内方面で発達した惣村とそれに伴う宮座の祭祀などもこうした傾向として捉える事が可能だと思いますが、須古踊りやジャンガラのように住民主体で行われる民俗芸能行事もこうした流れで捉えると、神仏への奉納という行為の中に祈願などの意図を持つ「芸能的祭祀」として行われるようになった事が考えられるのです。

 最近ニュースで、長崎市を代表する祭礼行事である長崎くんちの踊り町が行う出し物を、次年度には諏訪神社の神主が行う神事と分離して行う事を、踊り町の関係者が発表した件が報道されていました。これに対して識者からは、神社の神様に奉納する目的で行われる出し物を、神事と分離して行うのは本来の主旨に反するという意見が出されていました。しかし出し物を芸能的祭祀に位置付けると、今回の踊り町が出し物を独自に行事化しようとする試みは、平戸地域のジャンガラや須古踊りなどと同じく、住民が主体的に祭祀を行う民衆祭祀権確立の動きとして捉える事もできるのではないかと思います。

 




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