長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座No.238:北松地方の小規模城郭の三類型

   以前「殿山の城」の回で、北松地方の小規模城郭には「先端郭型城郭」(殿山城も含まれる)と「囲郭型城郭」の形態があると紹介しましたが、令和4年度に発行した館報(島の館だより)で、北松地方の城についてもう少し突っ込んだ考察を行ったので、それに基づいて小規模城郭の分類と歴史的な成立過程について考えてみたいと思います。松浦・壱岐・五島地方の小規模城郭には円形・楕円形の曲輪を持つという共通の特徴がありますが、その上で三つの形に分類する事ができます。

 第一類型は「先端郭型城郭」という急斜面を持つ舌状丘陵を用いた城です。これは丘陵上の根元側を「堀切」という溝で切断し、先端側の三方の斜面を急斜面や「切岸」という人工の段差を設けて防御し、上部に少数の曲輪を設けたもので、殿山城〔平戸市〕、大刀洗城〔佐世保市針尾島〕、殿山城〔新上五島町中通島〕、直谷城(初期段階北郭)〔佐世保市吉井町〕などが該当します。第二類型は「松浦式囲郭型城郭」という緩斜面の丘陵に城を設ける形態です。丘陵上に円・楕円に周回する(外側)横堀と(内側)土塁を設け、土塁の頂と堀の底の間で防御に有効な高さと傾斜を持つ段差を実現し、内部に一つの曲輪を設けていて、籠手田城〔平戸市田平町〕、高津城〔壱岐市〕、帯田城〔同〕、生池城〔同〕、天狗山城〔西海市〕などが該当します。第三類型の「縁辺郭型城郭」は線上に伸びた急斜面を持つ丘陵末端部を利用していて、斜面に面した上面に半円形に(外)横堀と(内)土塁を巡らして防御段差を実現し、その内側を曲輪とし、斜面側にも必要に応じて切岸を造成した、先端郭型と囲郭型の折衷的な形態で、野寄城〔佐々町〕、医王城〔松浦市鷹島〕、針尾城〔佐世保市針尾島〕が該当します。

  松浦地方の小規模城郭は永享6年(1434)に起きた宇久、生月、津吉、下方連合軍による平戸攻撃(永享合戦)の頃から、平戸松浦氏と周辺勢力の緊張が続く中で出現したと思われますが、多くは平地と数十㍍程度の高低差しかない丘陵に設けられているのが特徴です。当時の松浦地方の戦闘の多くは船などを用いた短期の襲撃戦で、襲撃を受けた側は直ぐに屋形近くの小規模城郭に逃げ込んでやり過ごし、敵の退却を待ったと思われます。そのため城内には水場が無く、食料を備蓄する建物も設営できない面積の曲輪しかありませんでした。当初に現れたのは築城が容易な第一類型の城だと思われますが、このタイプには屋形の近傍に設けられたと思われる例が多く見られます。

 第二・第三類型は(外)横堀と(内)土塁の組み合わせで防御に有効な段差を得る技術に拠って城域を確立しており、第一類型に必要な舌状丘陵が得られない地形(緩斜面の丘陵、直線的な丘陵端)に城を設ける場合に採用されています。より大規模な工事が必要な事から第一類型よりも導入が後と思われますが、第二類型が先行、第三類型はその応用で成立した可能性と、同時に登場した可能性が考えられます。

 なお第二・第三類型については、堀-土塁のセットを多連化して防御強化と大規模化を図っています(生池城、針尾城)。また直谷城では、第一類型の北郭に谷奥の水場を取り込むため、周囲の尾根に切岸で防御された曲輪を展開し、谷口に横堀と土塁を連続させた防御施設を設ける事で城域を拡大しています。また井出平城〔佐世保市〕では、第一類型と第二類型で設けた曲輪を並立させて一つの城を成立させています。

(2023年5月、中園記)




長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

〒859-5706 長崎県平戸市生月町南免4289番地1
TEL:0950-53-3000 FAX:0950-53-3032