長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座:島の館の情報戦略(理念編)

   島の館が開館して来年(令和7年・2025)で30年になります。そのため記念行事などのイベントの開催も課題になるのですが、それ以上に大切な事は、島の館が30年間で何をなし何をなさなかったのかという評価や反省をしっかりおこない、引き継ぐべき事は継続・発展させ、変える必要かある事は変えていく事だと思います。そのための検証作業を様々な形で行っていく必要があるのですが、本連載でも、館の中心的役割と位置づけてきた地域情報に関する取り組みについて検証していきたいと思います。
  島の館の館報「島の館だより」の第1号(1997年3月刊行)に掲載した「地方博物館・資料館のあり方」で、筆者は「博物館・資料館は(中略)広く地域の情報を提供していくことを目的とする社会教育施設であるという本質を、見失ってはならない」と指摘しましたが、実際に島の館では開館当初から、地域情報の〈収集〉〈検証〉〈発信〉のいずれかに関係する形で様々な活動に取り組んできました。一般的に博物館・資料館には、発掘調査で出土した遺物や、中近世の古文書、近代の民具などの有形資料(モノ)を展示する施設だというイメージがあります。確かに貴重な有形資料を収集・保管・展示する事は博物館・資料館の重要な役割ですが、実はこれらの有形資料の大部分も、それが帯びている様々な情報があって初めて価値が担保されているのです。例えばかくれキリシタンの信仰具の場合、それがどこの地区のどの家にあったもので、かくれキリシタンの信仰行事でどのような用いられ方をしていたのかというのが分かっている事で、初めて史料的価値が担保される事になります。しかしこうした情報が分からない場合には、かくれ信仰具という価値付けすら担保できない事になりかねません。
  このように博物館・資料館の活動の根本には、地域情報に対する取り組みが必ず存在しているですが、こうした取り組みは、特に地方に立地する博物館・資料館の場合、単に有形資料の価値付けのみに留まるものではなく、もっと重要な役割があるのではないかと考えるようになりました。それは、地域の情報を多く発信する事で、地域の住民や地域外の人が、地域についての物語を多く得る事が可能になるという事です。人間は自分の周囲の事象を「物語」という感情を付帯する情報として認識していますが、複数の人間からなる集団の場合、(例えば近所付き合いの無いマンションの住人のように)単にそこに居るだけのあり方に留まらず、互いに社会的関係を持つ「共同体」として成立するためには、物語を共有する事が不可欠です。それは平戸市のような行政共同体の場合でも同様で、その域内に居住する住民が、市や、それに属する旧町村、校区、集落などの共同体の構成員である事を認識するためには、他の成員と物語を(それもできるだけ多く)共有する必要があります。例えば祭や競技会などイベントや行事も、物語を共有するための重要な装置なのですが(それ故そうした業務に多く関与する生涯学習部局の役割に重要性があるのです)、問題なのは、地域共同体を基盤として成立している市などの行政が、こうした地域情報の重要性や物語を共有する事の意味を充分に理解していない場合が多いという事です。それは地域情報を扱う業務が、明確に業務化されていない事実からも明らかなのですが、それによって自分達(行政)の基盤である共同体が弱体化する事で、業務の継続に支障が生じていくリスクに、もっと注意を払う必要があると考えます。       (中園成生)




長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

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