長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

生月学講座:生月島と外海のかくれキリシタン信仰

生月学講座:生月島と外海のかくれキリシタン信仰

 4月11日(日)、生月島堺目で、かくれキリシタンの「御世上祭(おせじょまつり)」が開催されました。この行事は堺目集落のかくれ信仰で最も盛大なもので、2年に一度行われます。かつては集落内の一般信者の家を宿とし、堺目内に3つある垣内という信仰の組毎に所有し、組の代表である親父役(オトッツァマ)の家に普段は大切に祀られている御前様(垣内の御神体)が、祭の期間中は宿に移されて祀られます。その間、信者達は宿に参拝しますが、宿の方には納戸番という者が泊まり込み、御前様の管理や参拝者の世話を行いました。しかし三カ所の御前様を焼山の御堂で一括して祀るようになった現在は、御世上祭も御堂で行うようになっています。
 三カ所の御前様は、親父役の鳥山さんの手で前日のうちに祭壇に飾られていました。現在は堺目で一つとなった組の中から輪番で務める4人の役中とその奥様が、当日朝から準備を行い、三カ所の御前様に各々大きな重ね餅を供えます。9時30分頃には親父役の鳥山さんが御堂に来て、まず役中さん達とオラショを唱え、それから一般の信者による御前様への参拝を受けます。参拝に来た人は、まず御前様の前に座ってオラショを唱え(唱えられない人は、親父役や役中が代わって唱える)、終わると座敷の方で親父役や役中達と挨拶を行い、酒肴をいただきます。後は親父役と役中が昼食を取り、飾られた御前様は翌日、鳥山さんが仕舞われました。
 御世上祭の起源はよく分かっていません。壱岐では初午の日に豊作を祈って「世上祭」という行事が行われていますが、キリシタンとの関係は不明です。本来の行事は、御神体を通常祀る所から臨時の祭場に移す過程を有していますが、ヨーロッパのキリスト教関連行事の中に同様のスタイルのものがないか、現在調べている所です。
 ところで今年の御世上祭には思わぬお客様がありました。長崎市北郊の外海町黒崎地区でかくれキリシタン信仰を守る組の帳方・村上さんが、はるばる訊ねて来られたのです。村上さんは堺目の信者さん達が唱えるオラショを感銘深く聞かれ、鳥山さんや信者の方々と、お互いの信仰内容について熱心にお話ししておられました。
 その中では、両者の信仰スタイルの異なる点も語られていました。最大の違いは、黒崎のかくれ信仰が仏教寺院との関係を昔に断ち切っていて、葬式や法事もかくれの作法だけで行っているのに対し、生月島ではかくれの行事と仏教の行事を両方行っている点です。またオラショも、生月島では「一通り」とか「六巻」といって、全てあるいはいくつかのオラショを連続して唱える形なのに対し、外海では祈りの内容によって様々なオラショを唱えています。また聖水も、生月島では特定の聖地(中江ノ島)から採取し、神とされるのに対し、外海では普通の水を行事を経て聖別しますが、特に神とはされません。私は、生月島の信仰は布教開始から間もない頃の古い信仰のスタイルを残し、外海の信仰は、禁教の頃に成立した新しいスタイルの信仰を継承しているのではないかと思いました。
 いずれにせよ四百年前、同じキリシタン信仰を奉じた人々が、その後の禁教や、幕末以降のカトリックへの合流、近代の生活の変化や過疎化の影響を被りつつ、それぞれの地域で古の信仰の形を守り、今こうして相まみえる事が出来た事は、感動的な出来事でした。
(2010年4月 中園成生)




長崎県平戸市生月町博物館「島の館」

〒859-5706 長崎県平戸市生月町南免4289番地1
TEL:0950-53-3000 FAX:0950-53-3032