生月学講座:司馬江漢の異世界体験
- 2026/01/05 13:53
- カテゴリー:生月学講座
生月学講座:司馬江漢の異世界体験
一昨年(令和6年)の12月、府中市美術館の金子学芸員が生月島を訪問されました。年明けの春に司馬江漢関連の企画展(かっこいい油絵)が予定されていて、江漢の来訪地を訪ねての来島でした。島の館で来島当時に行われていた捕鯨や鮪大敷網の展示を見学された後、江漢が鮪大敷網の漁を見物した松本、山縣又之助の応対を受けた益冨家の座敷、月明かりのもと鯨を見た御崎浦の納屋場跡などを見て回られました。私は以前、江漢が描いた『犬のいる風景画』と呼ばれる油彩画は、松本からの景色を左右反転に描いた可能性がある事を、島の館だより3号(1999年)や生月学講座No170などで紹介していましたが、金子さんにもこの事を踏まえて松本からの景色を見ていただきました。
江漢が松本からの風景を描いた理由は、天明8年(1788)から寛政元年(1879)にかけての旅行の中で、江漢が生まれ育った江戸とかけ離れた環境で様々な体験をした事で、旅行先の印象が強烈に心に刻まれたからではないかと考えます。江漢は旅行の目的地である長崎では、出島に入ってオランダ人に会ったりしていますが、長崎での体験は、彼がずっと抱いてきた西洋趣味の延長線上にあり、既に江戸で何度も参府中のオランダ人と会う機会があった江漢には、あこがれの場所に来た感動はあったでしょうが、ある程度予定調和の部分もあったのではないかと思います。
それに対して生月島で彼が見聞した古式捕鯨や鮪大敷網漁は、想定外の体験だったため、それだけ強烈な印象があったのではないかと考えます。そのため体験の思い出を記憶やスケッチに残していて、それを『犬のいる風景画』の制作に用いたのではないかと想像します。ただ左右反転で描いた理由が分かりません。江漢の作品に覗き眼鏡という器具を用いて立体的に見せる絵があり、その場合は左右を反転させて描くのですが、『犬のいる風景画』は覗き眼鏡用の絵の規格にはなっていません。気になる点として、『犬のいる風景画』にはタイトルにあるように手前に横向きの犬が描かれていますが、江漢の絵には同様の姿の犬が描かれたものが何点かあります。もしかしてこの犬は、実際の風景では無い(左右反転の)絵である事を示す記号として描き込まれた可能性は無いでしょうか。例えば植物名で「犬」が付く場合、正規の種と似ているが異なる種類である事を示しますが、似て非なる風景を描いた絵の記号として犬を描いたのではと想像したりもします。
さらに思い込み過ぎのそしりを敢えて受けねばと思うのですが、江漢の作品には生月島の風景に影響されたと思われる絵が他にもあります。『南国風景図』も壱部浦を北から見た風景に似ていて、特に遠景に描かれた尖った山容の山は『西遊旅譚』にも出てくる孩子岳(番岳)そっくりで、右側近景の壁に囲まれた屋敷は益冨家屋敷に当たるのかも知れないと思えます。『異国風景図』の山もやはり『西遊旅譚』の孩子岳そっくりですが、海を運河に変え、奥には横長の城壁(城門付き)を設けています。江漢は後年、生月島の事をおとぎ話の国のように思い出していたのかも知れません。
江漢が描いた『木更津浦之図』は、寛政12年(1800)10月に益冨家関係者の山縣二之助正真が厳島神社に奉納した油絵懸額ですが、この絵に描かれた海越しの富士が生月島から見た小富士に見えてしまうのも、もしかしたら司馬江漢と山縣二之助の二人の間だけに通じる洒落だったかもと、想像を膨らませてしまう所があります。
(2026年1月 中園成生)









